杉浦 剛の記事

感情を文字に、言葉に表情を。

基礎の必要性

基礎練習ばっか、つまんない。疲れたし、もうやーめた。

 

俺はベースを手にした時からプレステでCDを再生して、テレビのスピーカーから聴こえてくる小さな小さなベースらしき音を何回も巻き戻しながら一日一曲、それを練習としてた。

 

ある日、本屋でエレキベース入門という教則本を目にして立ち読みし、よくわからないが買って損は無いだろうと購入し、帰ってベースを抱えながら1ページ1ページ読んで試してを一通り終えて思ったのは、

 

ぜんぜん面白くない。

 

それから二度と教則本を開かず今に至る。

でもスマホになった今、YouTubeInstagramでそれっぽいのを見かけてしまうとついつい見てしまう。そして自然と問題点の改善すべき事ばかり考えてる。

これって、やっぱり好きなのかな?

本当に好きな事、やっていたい事なのかな?

でもやりたい事をやりたいようにするには、カネがかかると、ブレーキを踏まざるを得ない現状に憤慨してばかりいる。

こんな自分を好きになる為に今できる事、やりたい事って何か、考えて考えて考え改めてる。脳内のアップデート中。

役に立ちたい。働いてもいない自分が思うのは、誰かの役に立って、喜んでもらえたらそこに生きてる喜びを感じる気しかしない。

頭おかしいのはわかってる。

 

それでも面白い事をしたい、だから、実行するのみ。それに向けてベストな状態に仕上げる事に集中するだけ。少しでも迷った時は、やらない。実行して明らかな失敗があると次への影響が甚大。

 

ただ、それだけで済む話を人間は、特に自分を含めた日本人は特に、曖昧に濁すような言葉で表現して伝える事が簡単にできてしまう。良くも悪くも。

特にこのブログのような文字だけでのやり取りでは真意をうまく掴めない。自分の場合。

やっぱり人間も他の動物達も皆、目に表れる。そこから言葉の要らない情報を得られる。表情も仕草も、全ての行動に情報が表れる可能性がある。

だからこの非対面でのやり取りが、今の一般常識なのかもしれないけど、それだけでは得られるものが足りなさ過ぎて、疑い探りながら人を選んでしまっている自分が、心底嫌になる。呆れてしまえば思い出し笑いみたく笑ってしまう。

 

重症だ(笑)なんか色々。面白くしたいだけなのに、それがうまくはいかない葛藤の連続。

 

この今を面白いと心から笑える位、余裕のある人間でありたい。

 

寝よ寝よ。