杉浦 剛の記事

感情を文字に、言葉に表情を。

貝の身を爪楊枝でくり抜く

それは好物の一つだ。

富山のホテルで働いていた時、夕食バイキングで俺は毎日大量のバイ貝を食べて、元気だった。他にも寿司だカレーだピザだラーメンだ、散々好きなものを好きなだけ食べてた。

 

そこにはいつも仲間がいて、一人、また一人と新しく派遣されて来た人で輪が広がっていく。どこから来たとか、何やってたとか、明日には忘れてるような話をしてるうちにみんな満腹。

その日の仕事の鬱憤は仕事終わりの温泉、そして夕飯、さらにバカ話で晴らす。

それで良かった。

 

もう二年経つ。

あの夜は事務所に集まってだらだらしながら、一人が突然みんなで短冊に好きな事を書こうって。みんな、はぁ?とか言いながらも、何かしら書いてた。

俺は「今がピーク」って書いた。

 

 

あんな、全国各地から偶然たまたま揃った個性的な仲間達と仕事も遊びも、好き放題過ごして、別に何か特別な事があるっていう毎日じゃないんだけど、これまで体感した事の無い居心地の良さだった。

この先ずっとこの日々が続かないってのがわかってた。自分も含め、もうすぐみんな別々になってく。別のホテルに派遣される人、実家に戻る人、まだ未定の人、バラバラになるってわかってるのに、ずっと今のままが良いって、ふざけたふりして真面目に書いた短冊。

 

 

そろそろ蛍の頃だ。

夜にみんなを連れて行ったあの川沿い。仕事終わりにいつもそこでコンビニの冷やしうどんをすするのが日課だった。

 

 

 

一年後、そこにいたのは自分一人。

仕事終わりに前みたくうどんをすすってみても、味気ない。みんなで集まって騒いでた事務所は真っ暗だ。いつからか夕食にも行かなくなった。

確かにみんなそこにいたはずなのに。寂しいなどと言ってるのは自分だけで、みんなそれぞれ楽しくやってるさって言い聞かせて川沿いに行った。

蛍は光ってくれた。去年の子供達。

一年間共に仕事をしたパートや社員の人達、新しい派遣の人達、こんな俺に付き合って助けてくれた人、そして蛍、皆に別れを告げて佐渡のホテルに行った。

 

任期が終わり、行き場が無いまま向かって着いたのはやっぱりあの川沿い。別れを告げてからまだ二ヶ月しか経ってないのに、戻ってきてしまった。

草を刈って小松菜の種を蒔いて石を運んできて並べ、半月以上そこに住んだ。

 

ピーク、やっぱりもう戻って来ないんだなっていう虚無感が増して、これからどうしたいのかもわからなくて、色んな場合を考えて毎日その川を見てた。

 

暑い太陽と涼しい風からは、夏の終わりと秋の始まりを感じられる。でも今年光った蛍はもう息絶えていて、翌年への命を繋いでるんだろう。この綺麗な川で。

 

 

この時まだ生き地獄が始まるとは思いもしていなかった。もしわかってたなら間違いなくあの川沿いで潔く選択していた。死を。

感情ってものを内に秘めて、表現しないよう生きるようになって、今度は感覚までも殺さなければならなくなった。

 

月を眺める日が増えた。それが満ちた日、胸が騒いで見えないものが見えてくる。人のシルエットをした影がわらわらといて、部屋の電気の傘によじ登ろうとしてる。どうして?って手を伸ばして触れるとピリっと痺れる。

 

 

 

思い出せばつまらない言葉にしかできない。

檻から逃げてきた猿は今こうやって生きていながら、地獄を味わうとわかってたらそうしたろうなって思う。

 

 

今、自分にはまだ何も見えて来ない。明日の今頃に何をしてるかも想像できない。

忘れたいな。

生まれてから今までの楽しかった事、嬉しかった事、それら一つ残らず消してでも全てを忘れたい。

やるのは簡単、でも始末できない。

こんなややこしい人間なんて辞めてさ、バイ貝になりたい。

 

 

貝殻に籠ってバイバイ。

だからこそバイ貝。なんて。