杉浦 剛の記事

感情を文字に、言葉に表情を。

36 ÷ 2

何事も考えようだ

17の時にセブンティーンアイスを食べなかったら

31の時にサーティワンアイスを食べればいいように

 

そんな、くだらなくて良い

 

最近は野球、WBCセンバツ甲子園をテレビ観戦している

メキシコ撃破したプロ野球選手達の本気、センバツの高校球児の本気

人間の本気には心揺さぶられる

 

元々スポーツではサッカーに興味があった

しかし小6年になって急に野球部に入部した

理由は野球部が冬にサッカーをしていたから

通ってた小学校にはサッカー部が無くて

だから部活動には興味が無かった

サッカーやりたくて野球部に入って下級生達と球拾いや声出しに徹した

プロ野球や甲子園等の実戦、TVゲームのパワプロでルールを知っていった

 

中学では最初から野球部に入部した

サッカー部は存在したけど

野球を知っていくうちに野球が面白く、上手くなりたくなっていた

他の新入部員達全員が小4からの野球部で

雑用声出し要員だった俺はバカにされる事もあった

 

い ま に み て い ろ

 

そう思いながら先輩部員に居残りで特訓をしてもらったりした

冬の間は野球の本でルールの細かい部分まで一から勉強した

2年生になり、3年生になり、最後の大会直前

ようやく背番号入りのユニフォームを与えられ

練習にもより力が入った

ある日の練習中

二塁ベースを駆け抜けた瞬間

破裂音がして転んだ

痛みも無く何が起きたかわからず

なぜか立ち上がれなくて

後輩二人に肩を持たれながら帰宅

病院に行ったらくるぶしの下の腱が切れていたらしく

最後の大会どころか

日常生活も松葉杖が必要と言われたけど

それは拒否した

ギブスしながら片足で生活すると決めた

監督に報告すると

ユニフォームの返還を求められ

頭の中が真っ白になった

ベンチにも入れないのは嫌、耐え難い

雑用と記録員としてなら

ベンチ入りさせると言われ

それしか手段は無かった

悩みに悩んで

悔しくて

それでも記録員のすべき事を覚えた

高校でも野球を続ける為に何ができるか

ピッチャーにも興味を持ち

マウンド上での動作や

たくさんの変化球を研究しながら

中学最後の大会が終わってからも

後輩達と練習に励んだ

 

高校も野球部に入部

一年生の最初の大会から背番号を与えられ

出だしは順調

監督と今後の展望について話をした

ショートでしか使わないと言う監督

ピッチャーに挑戦してみたい自分

意見は食い違い最後は揉めた

入部から2ヶ月で退部

部活動をクビになってまた

頭の中が真っ白になった

 

野球部を去っても

甲子園という場所は憧れであり夢の聖地

当時の同年代には東北高校ダルビッシュ有選手

そして二番手に真壁選手という投手がいた

真壁選手の投球は自分のなりたいピッチャー像に近かった

 

そんな具合で

野球を辞めても野球が好き

甲子園は変わらず夢の場所

 

高校最後の夏

あれから18年が経ち

36歳になった

 

 

何事も考えようだ

36 ÷ 2 = 18

プレイできなくても

他に何か方法があるかもしれない

数字が嫌いだから

捻くれた発想で

自称18歳になる

 

今の半分の18歳という仮想年齢と

倍になった36歳という現実年齢

今日からの一年をどう過ごすか

人生の岐路と勝手に定めて

後悔しない為に今できる行動を

筋を通した芯のある言動を

自分の覚悟と信念

 

一度きりの人生さ